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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9268号 判決

原告

松本宗

右訴訟代理人弁護士

小澤浩

被告

株式会社ジャード

右代表者代表取締役

細川久

被告

ジャード販売株式会社

右代表者代表取締役

佐々木完

右被告両名訴訟代理人弁護士

篠岡博

主文

被告両名は原告に対し連帯して一六五万三、二四四円及びこれに対する昭和五〇年九月二三日以降支払い済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告両名の連帯負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告両名は原告に対し、連帯して三一〇万六、六四九円及びこれに対する昭和五〇年九月二三日以降支払い済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。

(三)  仮執行宣言。

二  被告両名

(一)  原告の請求はいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  被告株式会社ジャード(以下たんに被告ジャードという。)はインフラジェットLP型ヒーター等を製造する株式会社で、被告ジャード販売株式会社(以下たんに被告ジャード販売という。)は同製品を販売する株式会社であり、原告は昭和四七年六月に一個の契約をもって被告両社との間で雇用契約を結び、以降両社に使用されていた。

なお両社の営業所、役員は同一で、被告ジャード販売は被告ジャードの子会社にあたり、両社の従業員はいずれも両社の従業員たる身分を有している。

(二)  被告らは原告に対し、原告と被告ら間の雇用契約に基く原告の労働の対価として次のとおり賞与の支払いを約した。

1 昭和四八年三月 六〇万円(但し、所得税五万円を源泉徴収して支払い額は五五万円)履行期は同月末日。

これに代えて被告ジャード販売の株式一一〇株

2 昭和四九年三月 九〇万円 履行期は同月末日

これに代えて被告ジャード販売の株式一八〇株

3 同年一二月一三日 一七二万五、〇〇〇円(但し、所得税二二万五、〇〇〇円を源泉徴収して支払い額は一五〇万円)履行期は昭和五〇年二月末日

これに代えて被告ジャードの株式三〇〇株

しかし、賞与は通貨で支払うべきもので、株式をもって支払うとの点は無効であり新株の払込金に充てるために各賞与金員を支払うことにしたにすぎないとしても、株式による支払いは無効で支払われるべき株式の金員換算額は券面額であるから、いずれにしても原告は被告らに対して右金員の請求権を有する。

(三)  仮に原告が昭和四七年六月に被告ジャード販売と雇用契約を結んでその従業員となり、昭和四九年八月同社の休業により以後被告ジャードの従業員となったとしても親会社である被告ジャードは被告ジャード販売の営業全部を譲受けたので前項1、2の賞与の債務も引受けた。

(四)  被告ジャードは昭和五〇年九月二二日原告に対し即時解雇の意思表示をしたが、右解雇時において原告は一か月一五万六、六四九円の賃金を受領していた。

なお被告らの解雇についての自白の撤回には異議がある。

(五)  よって原告は被告両名に対し、連帯して賞与額合計二九五万円、及び解雇予告手当金として解雇日以前三か月間の支払い賃金総額の三〇日分の平均賃金である一五万六、六四九円を加えた三一〇万六、六四九円とこれに対する賞与金については履行遅滞後であることが明らかで、解雇予告手当金については解雇の日の翌日たる昭和五〇年九月二三日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の答弁

(一)  請求原因(一)項の事実中、被告ジャードがインフラジェットLP型ヒーター等を製造する株式会社で、被告ジャードは同製品を販売する株式会社であること、昭和四七年六月原告と被告ジャード販売との間で雇用契約が結ばれたこと、昭和四九年八月以降原告と被告ジャードとの間に雇用契約があったことは認め、その余の事実は否認する。

昭和四七年六月当時被告ジャード販売の従業員は訴外矢部利昭と原告の二名にすぎず、被告ジャードの従業員は訴外細川久、同佐々木完の両名で被告両社の営業所も別々であり、原告は昭和四九年八月一日に被告ジャードとの間で雇用契約を結び、その従業員となったものである。

(二)  同(二)項の事実中、原告に対し被告ジャード販売が昭和四八年三月に同社株一一〇株を、昭和四九年三月に同じく一八〇株を与える旨約したこと、被告ジャードが同年一二月に同社株三〇〇株を与える旨約したことは認め、その余の事実は否認する。

各株式は労働の対価として原告に与える旨約したものではない。

被告らは増資の際に被告ら会社株を従業員に開放し愛社精神の涵養、従業員の定着等を図ることを目的として、会社に利益が出た都度、持株制度に同意した者に株式を恩恵として与えることとし、手続上は株式に見合う金額を臨時賞与として決定し、そのまま払込金に充てることにしたのである。被告ジャード販売では昭和四八年三月の役員会で持株制度の趣旨説明がなされ、原告も同意し、右臨時賞与の付与は被告ら会社の形式的手続であることを知悉していた。

なお、原告に対する労働の対価としての通常賞与は被告ジャード販売が昭和四八年七月二五万円、同年一二月三五万円、昭和四九年七月三七万五、〇〇〇円、被告ジャードが同年一二月五一万七、五〇〇円を支払っており、昭和四八年三月の被告ジャード販売の一一〇株の株式については昭和四九年六月の増資の際に付与し、原告は以後株主たる地位に基いて配当金を受領したこともある。同年三月に約した被告ジャード販売の株式一八〇株、同年一二月に約した被告ジャードの株式三〇〇株についてはその後原告に付与した。

(三)  同(三)項中、原告が昭和四七年六月に被告ジャード販売の従業員となり、昭和四九年八月被告ジャードの従業員となったことは認め、その余の事実は否認する。

(四)  当初同(四)項の事実中、被告ジャードの原告に対する解雇の日時が昭和五〇年九月二二日であることは否認し、その余の事実は認めると述べたが、真実は原告がかねてより辞意を表明していたので慰留中のところ、辞意が固かったので同日に同月二〇日付で任意退職することを承認したもので、解雇の意思表示をしたことを認めた点は真実に反し、錯誤によりなしたものであるから撤回し、否認する。

(五)  同(五)項は争う。

三  被告らの抗弁

被告ら会社在職中、原告には左の非違行為があり、懲戒解雇相当事由があったからいわゆる普通解雇であっても被告らは解雇予告手当を支払う義務はない。

イ  原告は昭和四九年八月一日以降被告ジャード大阪営業所の所長であったが、昭和五〇年四月二三日以降訴外永井鉄工所に対し、被告ジャードの取扱商品であるインフラジェットLP型ヒーターを上司の許可なく独断で仕切価格一セット当り七、〇〇〇円を五、〇〇〇円で売却し、被告ジャードに対し一〇〇万円の損害を与えた。

ロ  同営業所の経費は昭和五〇年度で月間四〇万円であったが、昭和五〇年七月独断で乗用車にクーラーを購入取付けさせ、右額を越えて運用した。

ハ  同営業所の部下全員に対して「この会社は早晩つぶれるから君達は早く他に職を探せ。」と所長にあるまじき、かつ事実に反した言辞を弄した。

ニ  同年八月同営業所従業員の夏季休暇について原告は上司の許可なく従業員全員に三日間にわたって休暇をとらせ、同営業所の業務の一時停止の結果を招き、取引先の信用を低下させた。

ホ  四国の被告ジャード特約店であるマツギ物産の倒産について何らの情報を本社に入れなかった。

四  抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実中イの原告が昭和四九年八月一日以降被告ジャード大阪営業所の所長であり、昭和五〇年四月二三日以降訴外永井鉄工所に対し被告ジャードの取扱商品であるインフラジェットLP型ヒーターを一セット五、〇〇〇円で売却したこと、ロの同年七月乗用車内クーラーを購入したこと、ニの同年八月大阪営業所従業員について三日間の夏季休暇をとらせたことはいずれも認め、その余の事実は否認する。

イの訴外永井鉄工所への売却は五〇二セットの多量の製品を売却するためであり、それによって被告ジャードは利益を得たものである。ロのクーラーの価格は一三万円であり三回に分割して支払った。ニの夏季休暇については昭和五〇年八月初旬の営業会議にも報告しているし、関西では旧盆三日間は仕事を休むのが通常で昭和四九年八月も同様の休暇がとられたのに被告ジャードは何ら注意等もしなかった。

以上のとおり原告には懲戒解雇相当の非違行為があるとはいえないから被告らは解雇予告手当金を支払う義務がある。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因(一)項の事実中被告ジャードがLP型ヒーター等を製造する株式会社で、被告ジャード販売が同製品を販売する株式会社であること、昭和四七年六月に原告と被告ジャード販売間に雇用契約が結ばれたこと、原告と被告ジャード間に雇用契約が結ばれていたことは当事者間に争いがない。

(証拠略)を総合すると、被告ジャードは技術知識、ノウハウの輸出、技術情報の提供、研究開発、LP型ヒーター等の製造及び販売をする研究開発型の小企業で、被告ジャード販売は主として右LP型ヒーター等の販売をする被告ジャードの子会社で、被告両会社は昭和四七年四月以降いずれも本店を被告ジャード代表取締役である訴外細川久(以下たんに細川という。)の住居地(略)におき、細川及び被告ジャードの取締役である訴外池田乾一はいずれも被告ジャード販売の取締役を兼ね、一方被告ジャード販売の代表取締役である訴外佐々木完(以下たんに佐々木という。)は被告ジャードの取締役を兼ねていたこと、同年五月頃、右細川、佐々木は以前同人らと同一会社に勤務したことのある原告に対し、被告ら会社への入社を勧誘したうえ、同年六月一日付で同人との間で雇用契約を結んだが、その際特に原告の入社する会社名を特定することはなく、原告は被告ジャードに入社し営業関係に従事するものと思っていたところ、その後営業用に渡された同人の名刺には肩書には被告両社名が記載されていたので被告両社に入社したと考えたこと、右入社時被告ら会社の業務に携わっていたのは右細川、佐々木のほかは訴外矢部利昭(以下たんに矢部という。)がいるのみであったこと、原告は入社後細川の自宅を工場としてLP型ヒーター等の製造をするようになった時にはその製造も手伝っていたこと、原告に対しては被告ジャード販売名義で給料の支給が行なわれていたが、昭和四八年四月頃設立された大阪営業所も主として被告ジャード販売の業務に使用されていたが実質上は被告両社の営業所になっていたこと、昭和四九年八月一日被告両者の経営合理化、経費の節減のために被告ジャード販売が休業し、被告ジャードが業務を引継いだが、その前後を通じ原告らの業務内容に何ら変化はなく、あらためて原告と被告ジャードとの間で雇用契約が結ばれることはなかったことが認められ、被告両名各代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定した事実と前記争いのない事実によれば被告両会社は本社、営業所建物が同一で、取締役の兼任、LP型ヒーター等の製造とその販売など業務内容、人的物的施設において密接に関連した親子会社であり、原告は昭和四七年五月末被告ら両会社の代表者から被告ら会社のいずれと特定することなく入社の勧誘を受けて雇用契約を締結し、以後被告両社のために稼働しており、昭和四九年八月一日被告ジャード販売が休業後も原告ら従業員の業務内容に何ら変化はなく、原告ら従業員と被告ジャードとの間に新たに雇用契約が締結されることもなかったのであるから、原告は昭和四七年六月一日同時に一個の契約をもって被告両会社との間に雇用契約を締結したというべきである。

二  次に賞与二九〇万円の請求権の有無について判断する。

同(二)項の事実中、被告ジャード販売が昭和四八年三月原告に対し、同社の株式一一〇株、昭和四九年三月に同じく一八〇株、被告ジャードが同年一二月一三日に同社の株式三〇〇株を与える旨約したことは当事者間に争いがなく、(証拠略)を総合すると次の事実が認められる。

1  被告ら会社は小企業で資産、設備に乏しく、従って会社の業績如何も各従業員の売上げの増加、販売先の開拓などに依存するところが大きく、その勤労意欲を向上させることは不可欠の事項であった。そこで従業員も学卒者を主体に、待遇面でも残業手当等は支給せず、ある程度高額の固定給とし、年二回夏一、二か月分、冬二、三か月分の賞与を支給する一方「会社経営への全員参加」を従業員へのキャッチフレーズとして一定業務事項は全従業員で構成する全体会議で決定することとしていた。

2  被告ジャード販売は昭和四八年三月、昭和四七年度の収支が明らかとなり増資の見通しがついたので原告及び矢部に自社株を与えることにしたが、給与所得として控除を受けさせるため、手続上は臨時賞与の支給を決定し、増資の際に両名に券面額のとおり一株五、〇〇〇円で新株引受権を割当てて右臨時賞与を新株払込金に充当して直接両名に新株が発行された形式をとることとし、同年度の決算報告書には原告に六〇万円、矢部に五一万円の臨時賞与未払金がある旨計上し、同年六月の増資の際に、源泉徴収のうえ新株の払込金として充当された旨の処理をして原告に対しては五五万円相当の一一〇株の株式を付与した。原告らは当初被告ジャード販売が原告らに株式を付与する旨決定し、手続上臨時賞与を計上したことも知らなかったが、同年五月頃細川から株式を付与する旨の通知を受けた。原告はその後も株券の交付を受けることはなかったが、同年一月同社の取締役に選任され、同年五月頃には一〇万円の株式配当金を受領した。

同年三月被告ジャード販売は前年と同様増資の際に原告らに株式を付与することとし、昭和四八年度の決算報告書に原告に九〇万円、矢部に七二万円、訴外千葉慶美に九〇万円の臨時賞与を計上し、同年五月頃原告らに株式を付与する旨伝えたが、被告両社の経営合理化のために同年七月被告ジャード販売が休業することになったので増資の件もそのままになった。しかし、手続上被告ジャード販売の過誤により原告に対する臨時賞与は支払い済として原告は九万円の源泉徴収を受けた。

3  被告ら会社の昭和四九年度の売上げは好調でとくに大阪営業所の総売上げに占める割合は同年六月頃までは二五パーセント前後であったが、七月ないし九月間は三五パーセント、一〇ないし一二月間は四二パーセントと漸次上昇した。

同年一二月頃は被告ジャードの業績もほぼピークに達していたところ、原告は同月はじめ頃細川から同年冬の賞与として現金のほかに株式を支給することについて相談を受けたが、被告ジャード販売の約した九〇万円の株式付与の件もそのままになっており、以前に与えられた同社の株式も同社が休業状態になって何の価値も有しなくなっていたので、不安定な株式より現金支給の方がよいと考え、増資の時期が不確定であることを理由に反対した。

4  被告ジャードは同月一三日細川名で同社の約二〇名の従業員に対し、「同月暮賞与支給について」と題する書面を配布し、同年暮の賞与は過去六か月の勤務評価によりAAAないしCの段階に分けて支給されるもので、AAAの者には一率支給三か月分の現金のほかに月給一〇か月分の株式を、AAの者には現金のほかに月給三か月の株式を支給すること、今回の賞与で年収四五〇万円の者が出てきたこと、ボーナスは会社という共同目的を達成するために機能する機関を通じて勝ちとった自分達の利益を公正に分配するものであること、昭和五〇年一月からは既に発表した経営指数に基いて前回決めた評価基準に従って配分していくこと、今後は四半期毎に支給することとし、昭和五〇年一月ないし三月分からは格差をより明確にすること、途中入社の者には金一封を同封したことを明らかにし、同じく同日付原告宛書面(以下たんに本件通知という。)で賞与として現金のほかに月給一七万二、五〇〇円の一〇か月分一七二万五、〇〇〇円から所得税を差引いた一五〇万円相当同社の株式三〇〇株(券面額五、〇〇〇円のもの、以下たんに本件株式という。)を同年四月の増資の際に本件通知書と引換えに支給する旨及び株式支給の趣旨は「みんなの会社をみんなで創り上げよう。」という同社のモットーに従って城作りにイニシアチブをとって参画した者が同社の株式を保有し、会社のオーナーとなるのが公正なことだと考えるからである旨を伝え、本件株式支給が間違いないことを確約した。

被告ジャードは同様に訴外安坂耕一に一〇か月分、同佐藤純造、同吉村京子、に各三か月分の株式支給を約したほか、大阪営業所の従業員であった同稲田芳美、同野田京子に各三か月分相当の株式支給を約した。

5  しかし昭和五〇年一月頃から漸次不況の影響があらわれ、被告ジャードの売上げは減少し、とくに東京営業所の売上げは従来の月額一、〇〇〇万円台から一月ないし三月の間で合計一、三〇〇万円と減少した。そこで被告ジャードは同年三月の昭和四九年度の決算報告では細川に七二二万円、佐々木には四八四万円の役員報酬を支払い、利益金から細川、佐々木、訴外池田乾一に対し、合計二五〇万円の株主配当金を支給し、一方、昭和四九年一二月の原告ら賞与の未払金四五六万七五〇円を計上したまま、その後の昭和五〇年春になっても増資の手続もとらず、右賞与額を原告らに支払うこともしなかった。

6  原告は昭和四八年春に被告ら会社の大阪営業所長として赴任し、月額四万円の住居費の補助を受け、賞与として被告ジャード販売から、同年七月二五万円、同年一二月三五万円、昭和四九年七月三七万五、〇〇〇円、同年一二月五一万七、五〇〇円を支給されていたものの、右賞与金も全従業員定率支給分であり、細川、佐々木に比較し冷遇されているとの不満を有していたが、同年一二月には売上げ増加の業績について現金賞与の支給を期待したのに意に反して細川が株式で支給したことから同人らとも感情的に対立するようになり、昭和五〇年春には被告ジャード販売の株式付与の件も取消され、被告ジャードの株式支給についても増資の手続がとられなかったので、原告は細川らの経営方針、原告に対する処遇に不信を抱き、仕事に対する熱意も失うに至り、部下従業員とも遊離するようになった。同年七月には各従業員に対し、一率一か月分の賞与が支給されたが、原告に対しては不況であること、及び所長として部下従業員に対する監督が十分でないことを理由として賞与は支給されなかった。

7  被告ら会社では従業員に対し、取得した株式の譲渡の可否、換金の手段、方法について何ら説明したことはなく、また退職後の株主としての権利行使方法についても何ら考慮したことはなかった。

なおその後株式の社員に対する付与については持株制度として明文化し、株主となるか否かは本人の意思によることとされた。

以上の事実が認められ、前掲証言及び各本人尋問結果中右認定に反する部分は採用しない。

右認定した事実と前記争いのない事実のほか第一項記載の各事実を総合して以下判断する。

被告らはいわゆる従業員持株制度実現のために恩恵的に株式を付与することとし、増資の際の新株払込金に充てるために臨時賞与を計上するとの手続をとったにすぎないと主張する。

成程、愛社精神の涵養、従業員の定着等を図る目的で従業員に自社株を与える際、従業員に新株を引受けさせ新株払込金相当額の臨時賞与を従来の賞与に上積みして支給するなどの便宜的手続がとられることもあり、また一応原告らには夏一、二か月分、冬二、三か月分の現金賞与が支給されていることは前示のとおりである。

しかし、被告ジャードは昭和四九年一二月一三日付書面をもって各従業員に対し、同年暮の賞与は過去六か月間の勤務成績を査定し、その貢献度に応じて支給するもので更に今後四半期毎に一定割合の利益を評価基準に従って配分する旨明らかにして、一率支給部分のほかに査定方式採用による労働の公正な評価を約しており、過渡的とはいえ本件株式もその一環として同様の基準を前提として支給されたということができるうえ、査定対象期間の被告ジャードの売上げ増加は原告の大阪営業所長としての手腕、寄与によるところが大きく、とくに管理職たる原告においては本件株式部分を除いては他にその労働が報われる部分はなかったので被告ジャードも支給を余儀なくされたものであり、同営業所従業員である稲田、野田が同時に三か月分の株式支給を約されていることを考慮すると原告に支給された本件株式がその労働の対償として他従業員と均衡を失するものとはいえない。

後記のとおり被告ジャード販売の約した株式が任意的、恩恵的なものであったとしても、被告ジャードは更に本件通知書をもって月給一〇か月分一七二万五、〇〇〇円の支給を前提として所得税を控除した一五〇万円の本件株式を賞与として支給する旨確約したから原告は被告ジャードに対して雇用契約に基く具体的な賞与請求権を取得したものであり、以後、原告が本件株式の支給を当然の前提として雇用契約を継続し、稼働することも考慮すれば、本件株式は使用従属関係のもとでの原告の労働に対する対償ということができる。

一方、被告らが従業員持株制度を実効あらしめるために、取得するか否かについての従業員の意思の考慮、取得した株式の譲渡の可否、制限、退職時の株式の換金方法などの諸点について慎重に検討したとはいえず、かえって原告の意思に反して本件株式の支給を約したうえ、支給せず、労働意欲を喪失させる結果を招いたのであるから被告ジャードが真実従業員持株制度の趣旨を理解し、実現しようとしていたかは疑問といわねばならない。

以上のとおり被告ジャードの原告に対する本件通知の内容、本件株式の支給基準の有無、原告の労働に対する対償との関連性など総合考慮すると、本件通知により被告ジャードは原告に対し、昭和四九年暮の賞与として全従業員一率支給分のほかに月給一〇か月分一七二万五、〇〇〇円の支給を約し、源泉徴収分を差引いた一五〇万円の支払いにかえて本件株式を昭和五〇年四月頃までに支給する旨約したもので、本件株式は労働基準法一一条の労働の対償と解されるから本件株式により支給するとの部分は同法二四条一項の実物給与の禁止に反し、無効であり、原告は被告ジャードに対し、本件通知の日たる昭和四九年一二月一三日に賞与金一五〇万円の請求権を取得したということができる。

なお、被告ジャード販売も原告に対して株式付与を約しているけれども被告ジャードのように明確に書面をもって賞与として支給する旨約したものではないうえ、前示のとおり原告らには通知することなく決算報告上臨時賞与を計上し、その後の五月頃にはじめて付与を明らかにしていること、被告ジャード販売には支給基準等もなく、従って原告ら従業員の期待のもとに付与が約されたものではないこと、原告の労働の対償としての関連性を認めるべき事情もなく、対象者も後に被告ジャード販売の取締役となった原告ら三名に限られていることを考慮すると、被告ジャード販売は原告らを同社の役員又は幹部として育成する目的で昭和四七、四八年度の決算報告に手続上臨時賞与を計上し、増資の際に任意的、恩恵的に同社株を与える旨約したというべきである。

右株式の付与は雇用契約に基く原告の労働の対償たる賞与として約されたものではなく、いわば贈与であるから、原告は被告ジャードに対して賞与一四五万円の請求権を有しないといわねばならない。

被告ジャード販売が株式付与のために臨時賞与を計上し、新株の払込金に直接充当することは労働基準法二四条一項の直接払いの規定を形骸化するものであることは認められるが、右は給与所得として控除を受けさせるため及び自己株の取得が禁止されているために便宜的にとられた手続ということができるから右判断を左右しない。

三  次に解雇予告手当金の請求について判断する。

請求原因(三)項の事実中、昭和五〇年九月当時原告が一か月一五万六、六四九円の賃金を受領していたことは当事者間に争いがない。

(証拠略)を総合すると次の事実が認められる。

1  前項認定のとおり原告が部下従業員と遊離し、更にはその反発を買うようになったので、被告ジャードは大阪営業所の人事を一新させるために原告を東京本社に転勤させることとし、原告に対し同年九月五日の役員会でその旨内示した。原告は右役員会の席上で辞意を洩らしたので細川、佐々木はもともと同人らが原告の入社を勧誘した手前もあって、その後も大阪に原告を尋ねて慰留した。その結果、原告は辞意を翻して東京転勤を承諾し、昭和五一年三月までの間単身赴任することになったので、被告会社では細川所有のアパートを空けて社宅として原告に提供したが、原告は入居せずに九月一一日頃上京した後、都内の姉の家に寄寓し、そこから通勤した。原告は販売業務に携わっていたものの、電話があっても応対しないなどの態度を示したりしていたが、細川らは静観していた。

2  原告は株式支給の件は弁護士を通じて解決する以外方法がないと考え、同月一九日頃本件原告訴訟代理人に依頼したところ、同代理人は被告ジャードに対し、賞与金合計二九〇万円を請求する旨の内容証明郵便を送達した。

3  被告ジャードでは同月二〇日営業、技術合同会議を開いたところ、原告は欠席し、右内容証明郵便が送達されてきたので、原告の請求の内容、原告との雇用契約の継続について検討した結果、原告の言い分は理由がなく、雇用契約の継続も困難であるとの結論に達した。そこで、翌二二日、細川は出勤してきた原告に対し、原告が役員会で辞意を述べたことがあったこと、佐々木に待遇について不満を述べたことがあったことなど原告の勤務態度に問題点がある旨指摘したうえ、送達された内容証明郵便を示して、原告に解雇する旨を伝えた。

以上の事実が認められ、前掲被告ら各代表者本人尋問結果中、右認定に反する部分は採用しない。

右認定した事実と第二項記載の各事実を総合して解雇についての自白の撤回の可否、解雇の日時について検討するに原告が被告ら会社の経営方針及び待遇について不満を持ち、被告ら会社の仕事に対する情熱を失っていたことはその通りとしても原告は細川、佐々木の説得により一度は翻意して東京に転勤し、一応勤務しており、合同会議を欠席して被告ジャード販売の約した株式相当金も含めて請求したのも被告ら会社がその株式付与の趣旨説明に適切を欠き、約束に反して本件株式を支給しなかったことにその原因の一端があり、内容証明郵便を送達したのもその待遇についての善処を求める旨の意思表示ともいえるのであって九月二〇日ないし二二日の時点で原告がなお辞意を表明していたとまではいえない。そうすると被告らの同月二二日に二〇日付で原告の退職の申し出を受理したとの主張はその前提を欠くというべきである。

以上のとおり被告らの解雇の意思表示についての自白が「事実に反する」とはいえず、その撤回は許されないから、被告ジャードが解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがないというべく、右認定した事実によれば被告ジャードが原告に対し解雇の意思表示をしたのは九月二二日ということができる。

なお、被告らは抗弁としていわゆる普通解雇であっても懲戒解雇相当事由がある時は解雇予告手当を支払う義務がない旨主張するけれども、右主張を認めるときは、予告手当の支払いのない点で労働者に不利益である一方、懲戒解雇についてその乱用を防止するために行政官庁の認定の経由という厳格な手続を定めた労働基準法二〇条三項の趣旨を潜脱することになるからその主張を採用することはできない。従って被告主張の抗弁はその余の判断をするまでもなく理由がない。

そうすると原告は被告ジャードに対し、労働基準法二〇条一項所定の三〇日分の平均賃金を請求し得るところ、同法一二条により右三〇日分の平均賃金を算定するに一か月の賃金が一五万六、六四九円であることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば昭和五〇年六月二二日から同年九月二一日まで九二日間の労働に対し支払われた賃金は四六万九、九四七円であることが認められるから原告は右額の三〇日分である一五万三、二四四円の解雇予告手当請求権を有する。

四  以上のとおり原告は被告ジャードに対し、賞与金一五〇万円及び解雇予告手当金一五万三、二四四円の請求権を有するところ、右は原告と被告ジャード、被告ジャード販売間の一個の雇用契約により生じたものであるから商法五二条一項により被告両名は連帯して各合計額一六五万三二四四円を支払う義務がある。よって原告の被告両名各自に対する請求は賞与金一五〇万円と解雇予告手当金一五万三、二四四円の合計一六五万三、二四四円及びこれに対する賞与金については履行期後であることが明らかで、解雇予告手当金については解雇の日の翌日である昭和五〇年九月二三日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧弘二)

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